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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)3471号 判決

主文

被告西畑は原告に対し、別紙目録記載の宅地につきなした、大阪法務局天王寺出張所昭和三三年七月一六日受付、第一六四一四号所有権移転登記抹消登記手続をせよ。

被告前田は原告に対し、前項宅地につきなした、同法務局出張所同日受付第一六四一五号所有権移転登記抹消登記手続をせよ。

被告等(被告西畑及び前田を除く)は原告に対し、原告から金八〇万円の支払を受けるのと引換に、第一項の宅地につき所有権移転登記手続をせよ。

被告西畑及び前田の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、本訴について生じた分は被告等の、反訴について生じた分は被告西畑及び前田の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告(反訴被告。以下単に原告という。)は、本訴につき主文第一ないし第三項と同旨の判決を、反訴につき同第四項と同旨の判決を求めた。

被告等は、本訴につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、反訴につき、被告西畑(反訴原告。以下単に被告西畑という。)は、「主文第一項掲記の宅地につき、被告西畑が五、一七四分の一、三五〇の持分を有することを確認する。反訴の訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、被告前田は「主文第一項掲記の宅地につき、被告前田が五、一七四分の一、八〇〇の持分を有することを確認する。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

一、原告等の主張、

(一)  原告等の本訴請求原因、ならびに、被告等の抗弁に対する主張

(1) 別紙目録記載の土地は、元被告吉原ひろの夫であり、その余の被告等(但し被告西畑及び前田を除く)の父であつた吉原菊治郎の所有であつたが、原告は、昭和三三年六月三一日、右菊治郎から右土地を、(イ)、代金を金九〇万円、(ロ)、その支払方法を、契約成立と同時に手付金として金一〇万円、同年七月一〇日までに所有権移転登記を受けるのと引換に金五〇万円、同年七月から同年一二月まで毎月金五万円ずつ分割して支払う、(ハ)、所有権移転登記手続は、同年六月末日から同年七月一〇日までの間に原告の指定するところによつて行う等の約束で買受ける契約を締結し、即日手付金一〇万円を支払い、ついで同年七月二日付、翌日到達した書面をもつて、同人に対し、本件土地所有権移転登記手続を、同年七月一〇日午前一〇時に、大阪市天王寺区六万体町九番地中野耕一事務所において行うべき旨指定したが、同人において右期日までに本件物件を他に売却するおそれがあつたので、原告は、同人を被申請人として当庁に本件物件の処分禁止仮処分を申請し、当庁同年(ヨ)第一五五八七号事件として申請通りの趣旨の仮処分が発せられ、同年七月八日その旨の登記がなされたのにかかわらず、その後菊治郎は被告西畑及び前田に対し、それぞれ本件土地の三分の一の持分を譲渡し、同月一六日主文掲記の各所有権移転登記をして、原告に対する債務を履行しないまま、同三四年四月五日死亡し、同人の妻ないし子である前示六名の被告等がその遺産を相続した。よつて、ここに、被告西畑及び前田に対し前示各所有権移転登記抹消登記手続を求めるとともに、その余の被告等に対し、原告から残代金八〇万円の支払を受けるのと引換に本件物件の所有権移転登記手続をなすべきことを求める。

(2) 本件手付はいわゆる解約手付ではないが、仮に解約手付であつたとしても、原告は、菊治郎から契約解除の意思表示を受領したのは(A)で述べる交渉経過に照して明かなように同三三年七月八日であつて、それ以前は解約について同意を求められたに過ぎないところ、(B)に述べる通り、それ以前既に原告において本件契約による義務履行の準備に着手していたから、菊治郎の解除の意思表示はその効力、を生ずるに由ないものである。

(A) 契約成立後の交渉の経過

(イ) 同三三年六月二六日、訴外谷山方で、原告は菊治郎に対し、同年七月一日午後一時までに中野耕一事務所において残代金支払ならびに、登記義務を履行すべき旨申入れ、菊治郎これを承諾。

(ロ) 同年六月三〇日、菊治郎の代理人訴外井村芳一から原告に対し、本件契約解約につき同意方申入れがあつたが、原告がこれを拒絶。

(ハ) 同年七月一日、原告は(イ)の約旨通り残代金八〇万円、住民票及び印鑑を持参して中野事務所に赴くも菊治郎不参。

(ニ) 同月二日附書面で原告は菊治郎に対し履行日時場所指定(一、(一)(1)記載の通り)

(ホ) 同月五日正午、菊治郎は原告に対し、金一〇万円を示して本件契約解約の同意を求めてきたが、原告これを拒絶。

(ヘ) 同月七日、菊治郎が(ニ)による履行場所に不参。

(ト) 同月八日、菊治郎から原告に対し、本件契約解除の通告あり。

(B) 原告において履行準備をした事実。

(イ) 同年六月二一日、本件代金支払に充てるため、タツタ電線株式会社株式五〇〇株、化学工業株式会社株式二、〇〇〇株を計金七四、八八五円で売却。

(ロ) 同月二三日、同様大同製鋼株式会社株式二、〇〇〇株を金五四、一一六円で売却。

(ハ) 同月二六日、宮本理左衛門(原告の妹の夫)から借受け、阿波商業銀行を通じて送金あつたもの金五〇〇、〇〇〇円。

(ニ) 同月二四日、所有権移転登記に必要な住民票の交付を受けた。

(二)  被告西畑及び前田の反訴請求原因に対する答弁

反訴請求原因事実中、登記関係及び仮処分に関する事実は認めるが、その余の事実はすべて不知。

二、被告等の本訴答弁ならびに抗弁

(一)、原告主張の請求原因事実はすべてこれを認めるが、本件契約に定められた手附金は、いわゆる解約手付であるところ、昭和三三年六月二九日、吉原菊治郎の代理人たる訴外井村芳一が原告方を訪ね、原告に対し、手付金を倍返しする旨を言明して本件契約解約を申入れ(もつともその際倍返しすべき現金を持参していなかつたが、このことは倍返し義務履行の提供としての効力に影響がない)、ついで、同年七月五日、菊治郎自ら原告方を訪ね、原告に対し重ねて解約を申入れるとともに、現金二〇万円を現に提供したが、原告はいずれもこれを拒絶したので、更に、菊治郎は前記訴外人を同伴して、同月八日に原告方を訪ね、右金二〇万円の受領を求めたが、原告はこれまた受領を拒絶したので、菊治郎は同月右金員を弁済のため供託したものであつて、これにより本件契約は―民法第五五七条一項により―解除されたものである。なお、原告の、菊治郎のなした解除は原告において履行の準備に着手した後になされたという抗弁を否認する。

(二)、仮に右解除の抗弁が容れられないとしても、本件契約は原告の欺罔により、菊治郎において錯誤に陥つた結果締結されたものであるから、これを取消す。即ち、被告西畑の父西畑駒吉は、昭和九年二月一〇日以来、本件地上所在家屋を賃借して居住していたが、戦災を受けた後は、本件土地の内東側一三・五坪を建物所有の目的で菊治郎から賃借し、右地上に店舗一棟を建築して右店舗において時計貴金属商を営んで現在に至つているものであり、被告前田は、同二二年春訴外柴田英世から、本件地上の建物をその敷地賃借権とともに譲り受け、ついで、菊治郎から本件土地の内中央部一八坪を建物所有の目的で賃借し、右地上に店舗一棟を建築して靴製造販売業を営んで現在に至つているものであり、又原告は、菊治郎から本件土地の西寄りの部分約一九坪を賃借し、その地上家屋で貴金属商を営んでいるものであるところ、同三二年一〇月頃、菊治郎から借地人たる右被告両名及び原告に対し、各賃借土地買取方を申入れてきたので、右三名はそれぞれ賃借部分を買取る意思がある旨表明した。ところが、同三三年六月頃になつて、原告は菊治郎に対し、本件土地一筆全部なら買うが賃借部分だけなら買わないと言い出し、更に、同月二一日頃、菊治郎に対し、「区画整理中の土地は分割登記ができないから前記三名に分割して売却することはできないし、三名の内一括して買取る資力のある者は原告をおいて他にない」旨強調し、菊治郎をしてその旨誤信させた上、手付金一〇万円とともに用意して持参した本件契約書に署名拇印させたものであるが、同月二三日頃、菊治郎が大阪市役所区画整理課へ行き右事実を念の為照会したところ、区画整理中の土地でも分筆移転差支えなしとの回答を受けたものであり、結局本件契約は原告の詐欺によるものである。よつて、本訴(同三三年九月二二日の口頭弁論期日)においてこれを取消す。

(三)、仮に以上の抗弁がすべて理由がないとしても、本件売買はいわゆる二重売買にあたるところ、同三三年七月当時、被告西畑及び前田は、菊治郎に対し、各賃借土地(買受土地)部分の代金をそれぞれ完済し、各買取部分の持分を完全に取得しているものであるから、原告と菊治郎間の本件契約は履行不能となつたものであり、右不能は菊治郎の責に帰すべき事由によるものであるから、原告は、履行不能の部分の契約を解除するか、若しくは契約全部を解除して、菊治郎に対し損害賠償をするほかないものであつて、右被告両名に対する登記抹消請求は理由がない。

三、被告西畑及び前田の反訴請求原因

(一)、被告西畑は、昭和三三年七月三日、吉原菊治郎からその所有にかかる本件土地の内一三・五坪を、代金を金四〇五、〇〇〇円、即日手付金二〇万円を支払い、残代金は同月一五日までに所有権移転登記に必要な書類の交付を受けるのと引換に支払う約束で買受け、

(二)、被告前田は、同日、吉原菊治郎から本件土地の内一八坪を、代金を金五四〇、〇〇〇円、即日手付金三〇万円を支払うとするほか(一)と同じ約束で買受け、

両被告は即日約旨の各手付金を支払い、ついで同月一四日それぞれ残代金を完済して各所有権を取得し、同月一六日主文掲記の各持分権移転登記をしたものであるから、ここに原告に対し、両被告が右各持分権を有することの確認を求める。

(三)、原告は、本訴請求原因において主張している通り、本件土地について仮処分をなし、その旨の登記をしているが、右登記は、いずれも両被告が菊治郎に対し売買代金を完済して持分権を取得した後になされたものであるから、これにより両被告の権利を左右し得ないものである。

四、証拠(省略)

理由

一、原告の本訴請求について。

(一)、原告が本訴請求原因として主張している事実は、手付金の性質を除いて「当事者間」に争いがないところ、「成立に争いのない」甲第二号証(乙第一号証と同一内容のもの)に原告本人尋問の結果(一回)を考え合わせると、本件売買契約書中の手付金に関する文言は、原告が、売買契約書に通常書かれている文言を他からきき知つてこれをそのまま記載したに過ぎず、原告と吉原菊治郎間に、手付金の性質について特にこれを明確ならしめる意思表示がなされていなかつたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がないから、本件手付はいわゆる解約手付の性質を有するものといわねばならない。

(二)、被告等は、本件契約が民法五五七条一項により解除されたと抗争するので考えてみるに、成立に争いのない乙第二号証及び甲第八号証に、証人井村芳一及び西畑駒吉の証言、ならびに、被告前田本人尋問の結果(以上いずれも一、二回。但し、後記信用しない部分を除く。)、及び、原告本人尋問の結果(一、二回)を考え合わせると、本件契約成立後である昭和三三年六月二九日頃、吉原菊治郎の代理人訴外井村芳一が原告方を訪ずれ、原告に対し、本件契約を解約するにつき原告の同意を求めたが、その際返還すべき手付金を持参せず又これについてなんらの言及もしなかつたところ、原告が右申入れを拒絶したので、同年七月五日頃、菊治郎自ら手付金と同額の金一〇万円を持参して原告方を訪ずれ、原告に対し、右金員を返還するから解約に同意してほしいと申入れたが、原告が再び右申入れを拒絶し、ついで、同月七日頃、前示訴外井村が現金二〇万円を持参して原告方を訪ずれ、原告の妻に対し手付金を倍返しして本件契約を解除する旨の意思表示をしたが、原告の妻が右金員の受領を拒絶したので、菊治郎が翌八日右金員を弁済のため供託したことが認められ、右認定に反する前掲証言ならびに被告本人尋問の結果の各一部は信用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

右認定の事実によると、菊治郎が原告に対し、民法五五七条一項による解除の意思表示をしたのは同年七月七日であり、それ以前においては合意解除の申入れをしていたに過ぎないといわねばならないところ、成立に争いのない甲第三号証の一、二及び第七号証、原告本人尋問の結果(一回)により真正に成立したと認められる同第四ないし第六号証に、右本人尋問の結果(一、二回)ならびに弁論の全趣旨を考え合わせると、原告が、前示法条による解除の申入れがなされる前である同年六月二一日頃から同月二六日頃までの間に、原告主張(一(一)(2)(B))の通り、本件代金支払のため(但しその内(イ)及び(ロ)の大部分は本件手付金支払のためであるからこれを除く。)、親戚から金五〇万円を借り受け、又所有権移転登記に必要とされる原告の住民票一通の下付を受け、その頃、菊治郎に対し、本件残代金八〇万円を支払うのと引換に本件土地所有権移転登記手続をすべき旨を、日時を同年七月一日、場所を中野司法書士事務所と指定して通告し、右期日場所に原告が残代金を持参して行つたが菊治郎不参のため契約の履行ができなかつたので、同月に日附書面をもつて原告主張の通り更に履行を催告したことが認められるところである(右認定を覆えすに足る的確な証拠がない)。

してみると、前示法条による菊治郎の契約解除の意思表示がなされる以前、既に原告において、本件売買代金支払義務の履行に着手していたものといわねばならないから、その後になされた菊治郎の解除の効力が生じないことはいうまでもない。

(三)、被告等は、本件契約は詐欺によるものであるからこれを取消すと主張するので考えてみるに、被告西畑の父西畑駒吉が、昭和九年頃から本件地上所在の家屋一棟を賃借していたが、戦災後、地主たる菊治郎から、同被告が本件土地の内東側約一三・五坪を、被告前田がその中央部約一八坪を、原告がその西寄りの部分約一九坪をそれぞれ賃借し、各賃借地上に家屋を建築して営業してきたことは原告において明かに争わないところ」証人西畑駒吉の証言、被告前田本人尋問(各一、二回、後記信用しない部分を除く。)及び原告本人尋問の結果によると、菊治郎は同三二年秋頃から本件土地を売却したい意向を示し、各借地人に対し、それぞれ賃借部分を買取つてほしい旨を表明し、これに対し、被告西畑及び前田においては各借地部分を買取りたい意向を有していたこと、同三三年三月頃から菊治郎の売却意思がいよいよはつきりし、右被告等及び原告に対し買取方の要求があつたが値段が折合わなかつた等のことから話が延引している内、同年五月中頃、菊治郎において借金の金利に追われるため本件土地を急いで売却して、その代金をもつて借金を返済しようと考え、原告に対し本件土地全部を金一〇〇万円で買取つてほしい旨申入れたところ、当時既に本件土地について区画整理が施行されていたところから、原告が大阪市区画整理係員に登記等の点について尋ねたところ、係員から、持分移転や一人に対する一筆全部の所有権移転なら認められるが分割移転登記は認めない旨の回答を受けたので、これを信じた原告が、菊治郎に対し右回答の趣旨を伝えるとともに、本件土地全部を金八〇万円で買受けたい旨申入れた結果、前記被告等との売買交渉がはかばかしく進まず、又前示のように金策の必要に迫られていた菊治郎が、結局代金九〇万円で原告に売却するに至つたことが認められ、右認定に副わない前掲証言、証人井村芳一の証言ならびに被告本人尋問の結果の各一部は信用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

ところで、区画整理施行中において、いわゆる従前の土地の分筆ないし所有権移転登記が禁止されるものでないことは当裁判所にけん著であり(換地処分の公告がなされたときは、一定の期間すべての登記は禁止されるが、本件土地について換地処分の公告がなされたとの主張がなく、又その資料もない)、従つて、原告の菊治郎に対してした言明の一部が真実とそごするところのあつたことは明らかであるが、原告としては市係員の回答を信じてこれをそのまま菊治郎に伝えたに過ぎないのであるから、原告に菊治郎を欺罔する意思があつたということができず、又菊治郎においても、本件売買の動機の一部に錯誤があつたといえるとしても、前示事情の下に結局は金策を図るため本件売買契約を締結したというべきであるから、本件契約を目して原告の詐欺によるものといえないことはいうまでもない。よつて、その余の点について判断するまでもなく被告等の右抗弁は採用しない。

(四)、被告等は、原告と菊治郎間の本件売買契約は一部履行不能となつた旨主張するところ、後に反訴について判断する通り、被告西畑及び前田の、本件土地についての各持分権取得は、いずれも原告のなした仮処分の効力により、原告に対抗し得ないものであつて、本件契約は履行不能といえないことは多言を要しないから、右主張も理由がない。

(五)、そうすると、原告に対し、被告西畑及び前田は本件各持分移転登記を抹消すべき義務があり、その余の被告等は菊治郎の相続人として、原告から残代金八〇万円の支払を受けるのと引換に本件土地所有権移転登記手続をすべき義務があるといわねばならないから、被告等に対しこれが履行を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

二、被告西畑及び前田の反訴請求について。

右被告両名が反訴請求原因として主張する事実が存しているとしても、同被告等が本件土地の各持分権移転登記を受けたのは昭和三三年七月一六日であり、右は、原告の菊治郎に対する本件土地処分禁止仮処分登記がなされた後であることは、同被告等の主張自体からみて明かであるから、右持分譲渡契約が右仮処分登記前になされ、かつその代金が完済されていたとしても(被告等の主張によれば仮処分登記後に代金が完済されているが)、これを原告に対抗し得ないものであるから、原告に対し、右持分権の確認を求める同被告等の反訴請求は棄却を免かれない。

三、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文の通り判決する。

別紙

目録

大阪市天王寺区生玉町四八番地 宅地 五一・七四坪

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